2012年6月5日火曜日

夢の手枕~Spero Dum Spiro~★跡地★ : 診断推論 Starter & Booster:第7回~診察前確率を知る


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 病歴前確率では、鑑別診断を主訴から導き出す際に有病率、緊急性、年齢、個別性といった要素を取り入れることが大事ということを学びました。これで患者さんからある程度は犯人の特徴を引っ張り出せます。しかし、それだけでは不十分。容疑者は複数人残っています。その絞り込みには次のステップである現病歴を使いましょう。

 今回は診察前確率。病歴前確率に現病歴をプラスして出される確率です。現病歴は、医学のアートが全て詰め込まれている印象がありますね。これの持つ情報の量と価値は甚大で、ただ聞くだけでなく、こちらから聞き出していくというのが大切。これらが相まって、病歴が生かされてきます。

 病歴前の段階で容疑者はある程度分かってくるものの、患者さんから聞き出� �た経過から描かれる犯人の似顔絵と鑑別疾患群の典型的/非典型的な経過からこちらが知っている容疑者の似顔絵とを見比べることが非常に大切になってきます。この照合部が多いほどその疾患の診察前確率が高くなる、照合部が少ないほどその疾患の診察前確率が低くなるという考えを持ちましょう。大事なことは、ただ聞いておしまいではなく、聞いている最中にもこちらの頭の中では鑑別の順位が目まぐるしく変動すること。犯人の顔を聞きながら、複数人いる容疑者の顔と絶えず照らし合わせをして順位付けをしていきます。予想外の病歴が出たら、新たな容疑者を引っ張り出さねばいけないこともあり、そうなったらまたその容疑者と犯人の顔が似ているかどうかを照らし合わせ。私たちの頭の中は結構忙しく働いているんです� �

 病歴では、こちらの想定する容疑者たちの犯人らしさがどれくらい強まるか弱まるか、ということを意識します。が、漠然と聞くだけでは必要な情報が漏れてしまいそう。研修医のうちは、いわゆる"痛みのOPQRST"に沿って問診を取ってみましょう。これは痛み系の主訴を持っている患者さん、特に腹痛患者さんで頻用されるゴロでして、人によって多少要素は異なりますが、以下から成っています。

O:Onset
P:Palliative/Provocative(/Past)
Q:Quality
R:Region
S:associated Symptoms
T:Time course

 OPQRSTの他にも色々と覚え方があるので、これにこだわらなくても大丈夫です。覚えやすいもので良いですが、自分はこれで問診項目を覚えたので、紹介しました。この中ではOとTの2つが主な情報で、その他はそれらを補強してくれる情報というのが大まかな原則です。痛みについて、まずはさらさらっと各項目を見てみましょう。特に腹痛を思い浮かべて下さい。

 Onsetで、痛みの始まりかたを把握します。いつ始まって、どのくらいの時間で痛みがピークになったのかを意識。ある一瞬を境に痛みがピークになるならsudden、数分~数十分でピークになるならacute、数十分から数時間ならsub-acute(or gradual)と捕えます。救急の現場ではこの3分類を徹底しましょう。救急では緊急性を第一にしますので、特に痛みではこの3分類の区切りも結構細かく厳格になります。当然ですが、突然発症、いわゆるsudden onsetは"破れる詰まる"を必ず想定します。血管であれ腸管であれ腫瘍であれ、否定されるまでは破れたのか詰まったのかという緊急事態と考えましょう。これには捻転も含みますよ。

 ただし、acuteであってもこれらを否定することは出来ません。破れる時の痛みはハンパないので発症瞬間から強い痛みを呈することが多く、痛みの起こった瞬間に何をしていたかというのを患者さんが記憶していることも度々。しかし、特に詰まる系ではほんの少しだけ色合いが違うことも。血管の詰まりならその先の組織が虚血に陥り炎症となることで主な症状が出ます。ということは、炎症が始まってから痛みのピークになるまでは少し時間を要する可能性があるということが納得できると思います。壊死と炎症は一瞬にしては生じに くいんですね。腸管や尿管と言った管腔臓器内腔の詰まりでは、流れがせき止められることで内圧が上昇し、壁が伸展されます。この伸展による痛みがピークになるまでにはやはり時間を要すると言われるので、acuteだから"破れる詰まる"じゃないなと軽く除外してはいけません。病態生理を抑えると、何となく分かってきますね。

 Tierney先生のPearlにもこれを支持するものがあります。

"Though symptoms of aortic dissection are very similar to those of acute myocardial infarction, but the onset is abrupt; myocardial ischemia comes on over a matter of several minutes"